「いいよもう、そのページ見ようよ…」
「う、うん…」
マドカは少しだけ躊躇するような動きは見せたけど、俺の前にノートを差し出した。
マドカは黙ってた。とりあえず見てください、ってそう言ってる気がした。見開きのその2ページには、6人の客が管理されてあり、パッと見、真新しさはなかった。
『本番↑』とか、そんな記号があるのかなって想像してたので、すぐにそんな記号が目に飛び込んでこなかったことに安堵を覚える。
「本番したってこともちゃんと書いてあるの?」
「うん…」
マドカがそう答えたので、ジックリと隅から隅までノートを見渡してみる。顧客管理ノートっていうくらいなので、書いた本人ではない俺が読んでも、その日何があったのかある程度読み取ることができる。
『リピーター』が2人、その日初めて呼んだ客、いわゆる『新規』ってやつが4人。計6人。
本番しちゃうような相手は当然リピーターであり、リピーターであるならば 当然金にも心にも余裕があるって客層であり、金にも心にも余裕があるって客層なら当然ロングコースだろう。
そんな思い込みから、俺はまず選んだコースに注目した。
案の定、リピーター2名は120分。『フェ↑パ↑』『フェ↑↑』って記号に目を奪われる。2回ずつマドカにイカせてもらったっぽい。
そして、それぞれ『↓』『↓』の記号もあったので、マドカもイっちゃったらしい。まぁ、それはしかたがない。
俺の頭の中ではけっこう整理がついてて、本番しちゃうような相手とは その行為に至るまでも濃厚なプレイを経ているのだろうと思っていたもので。
本番以外でもイカせてあげたりイカせられちゃったりってのは、当たり前のようにあっただろって諦めてた。
まぁ、それが既に、俺の思い込みであったのだけど。
残り4名の『新規』の客は、60分、50分、80分、100分、って感じ。
100分を選んだ客以外は『↑』の矢印が1つずつ記入され、『↓』の記号はどこにもなかった。それぞれ、この回で『NG』に登録したという表記もなく、可もなく不可もない客って印象だった。
それならやっぱり、リピーターの2人のうちどちらかなのか?って見直そうとした時に、
「あ、ゴメン。このページには書いてないや。でも、このページに初めての相手がいる…」
ってマドカが言い出した。
「え?どういうこと?やっぱ本番したとは書かなかったってこと?」
「いや、書くけど…」
「ん?w ますますわからんw 記号で書いてある?」
「いや、あとで教える…けど」
その勿体ぶったかのような言い方は、ワザとなのか素なのか、俺を焦らす。
「どの人か、当ててみて…w」
この言葉でトドメを刺された。
この6名のうち誰かにマドカがヤラれてしまうというのに、俺はなぜかゲームをしているかのような感覚で楽しんでた。
マドカのコメント欄に注目する。
リピーターのうち一人には『いつも通り』って、ただ一言。この『いつも通り』というコメントは これまでも何度か目にしてて、文字通りの意味。リピーターであり、前回と同じような感じで、今日も帰っていきましたよ、的な意味である。もし『本番』があったなら、その時点で『いつも通り』ではないはずなので、コイツは除外。
そんな感じで残りの5人も確認していく。
客全員にマドカがコメントを残すわけではないようで、6人中コメントがあったのは4人。
『いつも通り』
『面白いおじさん』
『酔ってた』
というコメントをサラッと流し読んで、俺の視線は最後の一人に注がれた。
100分コースを選び、唯一『↑』も『↓』も記入されていなかった客だ。
しかし、マドカの残したコメントは
『また明日呼ぶと言われた どうしよう・・・』
という異質なものだった。
『また呼ぶと言ってもらえた』というコメントならば、それは、ハッキリとは明記しないものの当時のマドカ的には喜びや嬉しさ、あるいは安堵を表しており、前向きなコメントのはずだ。
しかし『どうしよう・・・』という言葉を付け足してあるのは、不安や恐れであり、また呼ばれるということに対してマドカがネガティヴな感情を抱いたという表れ。
ただ、不思議なことに、その日コイツをNGに登録したとの記載は どこにも無かった。
「このヒト…」
「うん、そのヒト…」
「え?」
「あれ?」
俺の言葉には続きがあって、「このヒト、何もしなかったの?」とか、俺はそんな事をマドカに質問する予定だったのだと思う。
それをマドカは、俺が答えを言い当てたと勘違いし、本番の相手がソイツであると自白した。
「あら?発表しちゃったの?」
「あ、すいません…」
メインイベントとでも呼んで然るべきその瞬間は、あまりにも唐突に訪れ、拍子抜けだった。
ただ、あまり焦らされなかったぶん、俺は冷静で、すぐさま その客の分析を始める。が、年齢が『30代半ば』って書いてあるだけで他に特徴らしい特徴は書いてない。
「そのヒトは…、出張で他県、っていうか結構遠いとこから来たヒトで…」
「うん」
マドカがポツリポツリと話し始める。
その内容を裏付けるように、客の車のナンバーが「わ」から始まるものだった。俺の知識が正しければ「わナンバー」はレンタカーであることを意味し、その大半はビジネスマンや、旅行客。その土地以外から遥々やってきたというのも嘘ではないだろう。
「スーツ着てるサラリーマン。よく喋る人だったな。話上手な営業マンって感じ」
話上手で、しかも床上手ってか?w なんてそんなくだらないことが思い浮かんだ。
きっと相手はリピーターだろうっていう予想、まぁ思い込みによる勘違い予想ではあったが、それに反して相手は その日初めて会った新規の客だった。
コイツが選んだ100分っていうコースを考えてみれば、100分以内にマドカをセックスまで持ち込んだ男なのだ。ぶっちゃけ、そのスピードだけを比べたら俺より早いかもしれない…。
「このページに初めての相手がいる…」っていうマドカの言葉も、俺は忘れちゃいなかった。
初めての相手は俺のはずなのに、っていう嫉妬はもちろんあったし、マドカもそれを忘れるわけはない。
それでもマドカが初めてっていう言葉を使ったのだから、それはやはり、コイツも特別な何かをマドカに感じさせ、マドカをその気にさせた初めての客だったのだろうか…。
どうしようもなく不安に駆られた。この日2回目のチンポ萎え萎えである。
「く、口説き落とされちゃったの…?」
「違うから。そんなんじゃないから。たぶん…」
否定するなら完全否定で頼むわ、たぶん…って一言が余計に存在感ありすぎる。
「このヒトはさ、すごーく風俗慣れしてる感じでね」
「は、はい…」
「部屋に入って行った私を見るなり…」
「襲いかかってきちゃった…?」
「馬鹿だな。慣れてる人は逆にそんなことしないからw」
「ああ、うん」
ってことは、そのまた逆に、襲いかかってくる人もいたかのような言い回し。ただ、さすがにそれはなかったけど、真っ暗な部屋で全裸で待ってる客は多数いたそうだ。
「部屋入った瞬間、私のことを超ベタ褒めなんだよ、超!w」
「ふーん…」
「身長高い娘が好みらしくて、ドンピシャだって言いまくりだったw」
「へぇ…」
「んで、コース決めて、料金もらって、そのあとに」
「そのあとに?」
「マドカちゃんさ〜、あといくら追加したら最後までOKなの?って」
「え…」
「まるで世間話するみたいに、アッサリ言われたんだよ。ビックリしたw」
「ほぉ」
マドカから聞いてたけど、ほぼ8割くらいの客が「ヤリたい」的なことは言うらしい。
それを言わない残りの2割は、ハナっからプレイ無しの客か、フェラ好きで口内射精こそが目的であるという客。俺的に口内射精はすごく嫌だが、ある意味、一番正しい客。
そんなフェラマニアな客も、リピートを繰り返すうち、素股中に「挿れちゃだめ?」って言ってくるらしいので、実質9割近い客から「ヤリたい」と言われたらしいのだが。
マドカも最初は戸惑ったらしいが、どうも半数は冷やかしというか、言うだけなら無料だし駄目でもともと!って感じで言ってる客が多いようだと気付く。テキトーにあしらうスキルは元々ありそうだし、そのへんはウマく躱していたようだ。
そして、マドカのデリ嬢としてのプレイが向上すると、フェラやパイズリ、素股で簡単にイってしまう客が増え、しつこく本番を要求する客が減っていく。
もちろん、即刻NG登録で、もう二度と顔を合わせることもない客が増えたってこともある。
それでも、マドカが厳選したリピーターの中にも、やはり本番したがる客は常にいたらしい。しかしマドカのテキトーにあしらうスキルも向上し、たいして困ってはいなかったと言う。
それに『コイツとはヤラなくてもいいわ』って思われるよりも、『ぜひともコイツとヤリたい』って、そう思われる、否、そう思わせるのがデリ嬢の仕事なのだという自覚が芽生えていくらしい。
『ヤリたい』って言葉はある意味、自分への評価。
リピーターも、いつかヤレるんじゃないか、ってそう思ってるに違いないし、そこを逆手に取るのが今の自分の商売である、という明瞭な思考回路でバッタバッタと客を捌いていたらしいのだが。
「なんの遠慮もなしに、極普通の事を言いました、みたいな顔でさ」
「うん」
「そんなヒト、私、初めてで。なんか他のお客さんは、もっと遠慮気味に言うしw」
「まぁ…w」
「あまりにも堂々と言うんだよ。私も堂々と断れたんだけど、最初は」
「うん」
本番を断るのは意外に簡単だそうで。
『ヤリたいなら最初からソープへ行ってください』と事務的に言う。
『え?ヤルわけないじゃないですか何言ってるんですか?』っとキョトンとしてみせる。
『だめですぅうう、お口で我慢して(ハートw』 的に逆に優しく扱ってあげる。
この3パターンで、大抵の客はあしらえる場合が多かったらしい。
ただ、断るのは簡単だが、そのぶんフェラや素股などの通常プレイで満足させないといけないわけで、あんまり冷たくあしらったりすると、通常プレイに余計なプレッシャーとなってしわ寄せが来るらしい。
そう感じたマドカは更なる努力を惜しまず、やがてテクニシャンと評価されるまでになるのだが…。
厄介なのは、デリヘル=本番アリ、だと勘違いしてたり思い込んでる無知な客や、素股中にチンポの角度を調整して挿入しようとたくらむ客、たくらむどころか強引に挿れようとする客。
即刻プレイ中止で、店に電話、数分後には強面のお兄さん登場というパターンも年に数回あるらしい。
マドカは幸い、そこまでひどい客はいなかったらしいけど。
「そっから1時間以上ずぅううっと、褒められ続けたwww 逆に苦痛www」
「www」
「特に身長は絶賛されましてw コンプレックスだというのにw」
「なるほど」
確かにマドカは身長に対してコンプレックスがあって、そこを褒めるのは諸刃の剣でもある。
「時間も半分以上過ぎてたから、私もちょっと焦ってきてしまって…」
「うん」
「残り40分切ったくらいのとこで、上だけ脱いだ」
「うん…」
「そしたら、おっぱいも褒められちった…(〃ω〃)」
「なんか、ムカつくんだけどw」
「なんか身長だけで選んだらしく、私がおっぱい大きいって知らなかったみたい」
「ははーん」
それ聞いて、コイツは猛者だと思った。マドカが言う風俗慣れとかいうものじゃない。明らかに女慣れしてる。そして、身長だけでマドカを選んだと言うのも おそらく嘘だろう。ソイツは、星の数ほど呼ばれたであろうおっぱい目当ての客と、自分とを、明確に差別化したのだ。
俺はマドカちゃんのおっぱい目当てではない。他の客と一緒にしないで欲しい。現に、今の今まで、君のおっぱいが大きいってことすら知らなかったじゃないか。
おそらくは そんな感じで、ソイツの思惑通りに、場面は展開していたのだろうと思う。
「元々おっぱい大きいって知ってたと思うぜ?」
「え?そうかな…」
「間違いない」
「でもすごいビックリしてたよ、ええー!?って感じだったし」
「念入りに下調べしてたってば」
「えーそんなことなかったと思うけどなー」
マドカは わかっちゃいない。コンプレックスを逆手にとった常套手段じゃないか。
商売道具で武器であるはずの胸よりも、コンプレックスである身長を高く評価してみせたのだ。まして、今までは誰もがソレ目当てにやって来てたはずの、マドカのおっぱいを、あたかも直前までサイズすら知りませんでした、と言われたのならマドカに与えた影響は大きい。
「そういや、身長に関して何か言うお客さんは、多かったの?」
「いたねー」
「どんな感じ?」
「予想以上に大きいね、とか、低すぎるよりはいいよね、みたいな」
「ふーん」
「まぁどう言われようが、ワタシ的にはデカすぎで ごめんなさいって感じだったけど」
「じゃ、この客は?」
「まぁ褒めてくれるのは嬉しかったよ。ホメ殺しなのは見え見えだったけどw」
そう、まさにホメ殺されるのだ。そして口説き落とされるのだ。マドカは否定するだろうし、俺も そこをしつこく追求するつもりはなくなってた。
なぜなら、客から うまいこと口説き落とされてセックスに持ち込まれるマドカ、ってやつが、俺の中でツボにハマり始めてたから…。なんかそれって凄いエロい…。
マドカはこの客の話をするとき、やけに笑顔を見せてた。それ見るたびにチンポがズキズキした。
それにマドカ本人は、自分は口説き落とされて本番したわけではない、っていう揺るぎない自信も確実に持っていたと思う。
しかし、それもこの男によって、上手にコントロールされた上で、与えられた偽物の自信なのだ。
一般論で考えれば、女だって、自分が誰にでもすぐ股を開く女、だなんて思われたくないし、自分でもそうじゃないと思いたいはずなのだ。
そこに愛があれば一番理想なのだが、残念ながらセックスなんて半数以上はそこに愛なんてない場合が多い。そして愛などあるわけもないデリ嬢と客の関係ならば、ヤルとすれば明確な理由が欲しいのだ。言い方を置き換えれば『簡単に口説き落とされてしまったわけじゃないもん!』という逃げ道が必要。
口説くほうの側が、その逃げ道を作って準備してあげれば、女としてもとっても気が楽なのだ。
『酔ってた。』
『相談に乗ってもらってるうちについつい。』
『寂しかったの。』
もしかすると色々と聞き覚えのある、そんな言い訳もあるだろうと思う。
しかし、この場合は金だ。生々しいが、現金を稼ぐためだという言い訳を、マドカは選ばされるのだ。
彼女自身は自分で選んだつもりでも、それは巧妙に最初から仕組まれていたのだ。

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