彼女がデリ嬢として初の本番をするまで 4/14

マドカはクローゼットを開けて、奥の方に体を突っ込んでた。

荷物を出したり、出てきた荷物をまた元に戻したり、しばらくそんなことをやってた。そしてノートを5,6冊持って戻ってきた。テーブルの上に重ねられたそれらは、一般的な大学ノートってやつより、一回り小さかった。 B5サイズってやつかもしれない。表紙にタイトルがあるわけでもなく、質素な感じだ。

「なにそれ?」

「はぁ…。 緊張してきた…」

ここまで俺なんかよりもずっと平静を保ってきていたマドカの大きなため息とその言葉。

「自分で見返すとも思ってなかったし、まさか他人に見せる時が来るとは思いもしなかったなぁ」

「そのノート何?」

「このノートでお客さんの管理をしてた…」

思わず手を伸ばした俺の手をマドカが払い除け、「キャー」って悲鳴を上げた。

「まだだめ、まだだめ、心の準備が出来てないっ。待って待って」

マドカもそれほど屈強なハートの持ち主ではなかった。だがそれでいい。

本来は見られたくないものであるならば、淡々と見せられるよりも、2人でドキドキを共有したかった。

「ちょっと待ってね」

マドカは大袈裟なくらいに深呼吸を繰り返し、数秒目を閉じて、その目が再び開いた時には凛としてた。

「これね、本当に色々書いてあるの」

「うん」

「本当は、パソコンで顧客管理ソフトとか使おうかとも思ってたんだけど」

「うん」

「全て終わった時に、思いっきり盛大に燃やしてやろうとか思って手書きにしたw」

「うんw」

「じゃ、今日燃やそうか、一緒に」

「え…。う、うん」

マドカが嬉しそうに微笑んで、同意する。

『全部読み尽くしてからね』って付け足したらスゲー嫌そうな顔してたけど。

「ちょっと心の準備しながら、もう少し話してもよい?」

「うん」

俺はノートの中身が気になって気になって、もう勃起しまくりだったけど、このノートの存在が明るみになってしまった以上、マドカももう後には退けないだろう。

彼女のデリ嬢時代の全てが白日の下にさらされるのはもう時間の問題。


「さっきのさ、ヒロシの質問に答える形になるけど、12時間で何回?ってやつ」

「うん」

「その人はさ、心にもお金にも余裕があるお客さんの典型で」

「ほぉ」

「12時間のうち、8時間くらい寝てた。ま、一緒に添い寝って感じだけど」

「まじ?」

「残り4時間でしょ? 12時間もいればゴハンも食べるじゃん?」

「まぁね」

「それでだいたい1時間。んで、カラオケ2時間くらい。そしたらもう残り1時間だよね」

「だね」

「その1時間は、最初と最後に、お風呂30分ずつ。以上が12時間の中身」

「・・・。」

「え?プレイは?」

「してない」

「発射ゼロ?」

「ゼロ…」

「ってゆうか、12時間はさすがにその時だけだったけど、いつでも何もしないんだ、その人」

「しかもさ、お風呂で体洗ってあげるじゃん?」

「洗ってあげないといけないのか?」

「ま、一応仕事だし、洗わないままでプレイとか無理だし」

「そだね」

「その人さ、普通にお風呂入るみたいに自分で体洗って、自分でシャンプーしてさ、私の仕事がない」

20万近く払って、それだけ? しかもマドカの体に触れもしないらしかった。

常連さんだったらしいが、ある意味本当の変態なのか…。金持ちの考えることはよくわからん。

「嘘っぽいけど、本当の話」

マドカはそう言って、12時間で何回したの?っていう俺の質問に対する答えを結んだ。


「信じられない? 嘘ついてると思う?」

「うーん…」

「ってことで、このノートが役に立つわけだよ」

「あ…」

「探そうと思えば、このノートにその12時間のことが書いてある」

「なるほど」

「それともうひとつの質問のほうだけど、1回するとか2回したいとか、それが本番だったかとか」

やっぱりマドカは俺の質問内容を事細かく覚えてた。あの時点で、このノートを俺に見せるっていう前提が、 すでにマドカの心の中にあったんだとここで気付く。

「私もそれがどういうプレイだったかなんて覚えてるわけないw」

「そかw」

「ってことで、それもこのノートに書いてある」

「え? 回数とか? 何でイカせたかとか?」

「うん…」

「マジかー。なにそれー。すげぇ。うぉおおおお!」

マドカはそこですごく不安そうな表情をしてたけど、俺はなんだか浮かれていた。 彼女がデリヘルをやっていたというショックより、 その全てを知ることが出来るという期待が上回った。

「なに嬉しそうにしてるの…」

「いや、全然うれしく、なんか、ない」

「あのさ、最初に言っておくけど、すごく生々しいよ?マジで」

「生々しいのか…(;゜д゜)ゴクリ…」

「エッチな意味ばかりじゃなくて! 金額とか、そういうのもリアルに書いてある!の!」

マドカが少しだけ、声を荒げた。そして俺も正気に戻る。

マドカの言う金額ってのはコース料金ではなく『別料金』のことだろう。

本番するのに別料金をもらってたって言ってた。それはネットの掲示板でも、実際に払った奴らが書いていた。それがいくらなのかは暗黙の了解なのか誰も言及してなかったけど。


ちょっとだけ反省した、興奮のあまり自分を見失うところだった。

「マドカ、これ見るか見ないかは、やっぱりマドカに任せるよ、俺」

「え、なんで? いや、そういうことなら2人で決めようよ。2人で!」

「俺は見たいw」

「即答かよw」

「でも、俺、思った。そんなにリアルに細かく生々しく書いてあるならば」

「うん」

「俺の受けるショックも相当デカいと思う」

「・・・。」

「でも、それを見て、見られて、嫌なことや辛いことをマドカも思い出すと思うんだ」

「だろうね」

ってことで、あまりシーンと真剣に見るのはやめて、 ワイワイ騒ぐ感じで見ようと、2人で決めた。

1.そのノートを触るのはマドカ本人だけ

2.俺は一切勝手に触らない

3.ページをめくるのもマドカのみ。

そんなルールを予め決めて、どっちかが精神的に耐えられなくなったら、 もう全部燃やそうとも決めた。


けっこう2人とも、限界ギリギリなとこまで来てたと思う。

あらゆる意味で。


マドカが1冊目のノートを手に取る。よくよく見れば、表紙に『①』ってだけ小さく書いてあった。

マドカが1ページ目を開くと、 ドデカい文字で『目標金額○円!』って書いてあった。

『ああ、リアルな金額って稼がなければいけない目標金額とか、 そういうことか』って一瞬思った。

「金額ってこれのこと?」

「あはw 違うけど。ある意味これが一番見られたくなかったかもw ページ開くまで忘れてたw」

それは思っていたほど大きな金額ではないようにも思えた。まぁ何のためにお金が必要だったのかとか、 それまで聞いたこともなかったし、聞けなかった。

「意外と目標金額が少ない…ちょっと安心した気もする…」

「そう? 世間知らずの大学生だった私には気が遠くなる金額だったけどな」

確かに、社会人となった今と、大学生だった頃では、 その金額に対する価値観は変わるかもしれない。

「それにローンを組むって話じゃないし、時間は限られていたからさー」

「そっか」

あまり深入りすべきところじゃない。もう終わったことなのだから。

今はとりあえず次ページが見たい。


「ぶはっw」

まどかがいきなり吹いた。

「これ見て、私いきなり弱音吐いてるんだけど」

マドカが指差したのは、1ページ目の下の方にあった数行。ドデカく書かれていた目標金額とは対照的な小さく薄い文字が並んでた。

『面接および初仕事完了…いきなり今日からだなんて思ってなかった…』

『恥ずかしかった…ちょっと続けられそうにない…自信がない…』

『とりあえず優しいお客さんで助かった…』

なんかリアルだった。 マドカが言ってたプレイ内容とかが皆無で、それが逆にリアルすぎた。

「入店初日の私は、こんな感じでしたw」

マドカは笑ってたけど、俺には急にプレッシャーが襲ってきた。

「次、いくよ? だいじょうぶ?」

「うん…」

最初の方は俺にとっては特に問題はなかったように思う。 もちろんマドカは恥ずかしがってたけど、それがやけに可愛くも思えた。

まだまだ顧客管理ノートと呼べるほどの体を成してはいなくて、書式もバラバラ。 日付、時刻、お客さんの見た目の特徴、選んだコース。それらに付け足されるように、マドカが一言添える感じだった。

『忙しかった、ゴハン食べる暇がなかった』

『ある意味これはダイエット』

『コスプレ無理』

『寝そうだった』

『何度もシャワー浴びすぎて乾燥肌』

言ってみればそれは、日記みたいなもので、そこにはまだ俺の知りたいマドカの姿は無かった。 そりゃコスプレはその体格じゃ無理だろ、ってちょっと笑い合ったりもしてた。

日付、時刻、客の特徴、選んだコースだけだった管理項目が、いくつか増えだした。ホテル名、部屋番号、客の車のナンバー。

「携帯カメラ使ったり、覚えられることは全部覚えて帰ってきてたよ?」

そのへんの情報は店が管理するべきことのような気もしたが、自分で覚えて記録してるあたりが根が真面目なマドカっぽいなって思った。


そして、少しずつ生々しいコメントが載るようになる。

『アゴが痛い』

『手で喜ぶお客さんが意外に多い』

『おっぱいが役に立った』

『初めて素股で喜んでもらえた』

『フェラはやっぱり苦手だ』

『上に乗る素股、重くないのか不安』

『おっぱいで喜ぶお客さんが増えてきた、微妙』


「喜ぶ、って表現…、もしかしてイかせたってこと?」

「バレたか…(・ω<)テヘペロ  ごめんなさい…」

「いや、まぁ、うん」

「おっぱいで喜ぶって…もしかして…」

「パイズリ」

俺パイズリなんかしてもらったことないのに!って言おうと思ったけどやめた。 虚しすぎる。


次から次へとページはめくられていく。

「このあたりで体験入店が終わったと思う。たぶん2週間くらいかな、実質の出勤日数は10日くらい?」

マドカがそう言った頃には、ノートは罫線が引かれて、管理項目が出揃った感じだった。

プレイ内容に関しての記述も増えたが、その日稼いだ金額に関して触れていることも多かった。

『いっぱい稼いだ』

『今までで一番忙しかったし疲れたけど、お金すごいもらえた』

『明日銀行行こう』

『やったー○円貯まったぞー』

『残り目標金額○円、気が遠くなる』

1日あたりのお客さんの数がいきなり増えて、マドカが弱音を吐くコメントが目立ち出す。それが店のホームページに写真が掲載されたことによる効果なのだとすぐに察したけどマドカには言わなかった。

良くも悪くも写真掲載は絶大な影響があったようだ。


マドカのコメントが物語る。

『今日は最悪だった、明日も予約でいっぱいだけど、ドタキャンすると決めた』

このあたりで、ノート1冊分がほとんど終わりに近づいてた。そして、マドカが書くプレイ内容のメモに、変化が現れ始める。

それまでは自分の言葉で 『時間ギリギリ、素股で喜んでもらえてよかった』などと文章で書いていた。

『喜んでもらえた』なんて遠まわしに書いてあったものが、『素股1』とか『フェラ1』なんて書くように。 それはやがて、『ス1』とか『フェ2』だとか『パ1』だなんて、 簡略化されるようになった。未完成の『正』の文字を使って数えていたこともあったが、 数日間でまた『フェ2』とかに戻った。

「ス、と、フェ、はわかるけど、パ、って何?」

「パイズリ」

俺は1冊目のノートを読み終えて、マドカがそれを閉じた時に言ってやったよ。

「今日パイズリしてください…」

「はい…」

ちょっと俺は怒ってて、マドカはちょっと萎縮してた。これじゃこの先が思いやられる、って感じは2人とも気付いていて、 先にマドカが口を開いた。

「怒ってるよね?」

「怒ってない」

「嘘だー」

「怒ったってしかたがない。もう終わってしまったことで、過去は変えられない」

マドカがガックリと肩を落とした。女性にしては大きなその体が、本当に小さくなってた。

「1冊目でこうなるなら、2冊目以降はもう見ないほうがいいと思う…」

気まずいなんてもんじゃなかった。

ポカポカ陽気のなかでマッタリとした空気が漂っていたその部屋は、 暗雲が立ち込め始めてた。

「なんで?」

「わかってるくせに…」

もちろん判ってた。 1冊目のノートにはまだ書かれていないことがある。

マドカがいつからソレを始めるのかは知らないが、 俺がソレを目にするのはそう遠くはなさそうだ。

『2冊目以降は見ないほうがいい』ってマドカの言葉からもなんとなく察しがつく。

マドカの様子を伺いつつ、ソレにはまだ、今は触れないでおこうと思う。



もう一つ気になっていたことがあったので、そっちのほうから問い質してみる。

「あのさ、ちょっと気になったんだけど」

「はい…」

「1冊目って、体験入店も含めて、たぶん2ヶ月くらいの中身だよね?」

「うん…」

俺は最初のページと、最後のページの日付を何気なく目にしてて、それを覚えていたんだ。

「2年くらいデリやってたって最初に聞いたんだけど、単純計算でノート12冊ないとおかしくないか?」

マドカはスゲー驚いた顔してて、俺はこれは地雷を踏んでしまったと思った。

その時俺は、マドカが予めノートの中身を見返して自分に都合の悪いものが書いてあるノートは既に処分した上で、目の前にある数冊を残したのではないかと、そう勘繰った。でも、もしその予想が的中していたとしたら、マドカから次のような反応は返ってこないはずだった。

「ヒロシ…頭良いね、鋭いっ!!!」

マドカはビシッと俺を指差して、カッコよくポーズを決めてた。俺はポカーンとしてたけど。

「あ、ごめん。空気読めって感じだよね…」

「いや、だいじょぶw」

正直助かった。重苦しかった雰囲気を 一瞬だけ能天気になったマドカが打ち払ってくれた。

「どういうこと?説明求む」

「わかった」


マドカは1冊目のノートを再びめくり始めて、その手は中盤あたりで止まった。そこは、罫線が引かれ始め顧客管理ノートとしての体裁を整え始めたあたりのページ。

「こことか」「これとか」「こういうのとか」

マドカはページをめくりながら、『お客様の特徴』って書いてる欄を時々俺に指し示す。

そこには『話しかけても無言 ×』『クサい…ワキガ? ×』『痛い ×』などと書いてあった。

時にはいきなり『×』のみ書いてあったり、 デカい字で『ヘタクソっ!!! ×』とか辛辣だった。

「ヘタクソってw」

「笑いごとじゃないよ、それは私が痛かったって意味だぞ」

「あ、ごめん、ごめんな」

「うん。それに本当に我慢できないときは、痛いです、ってちゃんと言うし」

やっぱり楽な仕事ではない。俺は理解不足であった自分を戒めた。

「ヒロシはさ、たぶんこういうとこばかり見てたでしょ」

マドカがそう言って指差したところには『フェ1』って記入してあった。

「特に回数とか、そんなとこばっか見ちゃってさ。バーカ」

図星である。 マドカがどうやってイカせたのか、何回イカせたのか、それは何分コースだったのか。俺はそういうところを主に見ていた。悶々としながら。

「そのうち『NG』ってのが出てくると思うんだけど」

「うん」

マドカが最後の方までページをめくって、ようやくその単語が記入してあるページがあった。

『とにかく無理 NG』

「生理的に受け付けないって意味かなコレ?」

「俺に聞かれてもwww」

「あはwww まぁ何かしらの理由で次回からNGに登録してもらってたんだよ」

「登録?」

「受付する店の電話番号あるでしょ?まぁほとんど店が携帯で受けるんだけど」

「うん」

「一度利用したお客さんの番号は全部登録されるの」

「ふーん」

「で、私がNGでお願いしたお客さんは、電話帳の登録名を『○○さん(マドカNG)』にしておく」

「ソイツから電話が来て、またマドカを指名するような場合は予約で一杯ですってなるわけだ」

「そうそう。または、本日急遽お休みです、とか。理由はどうあれ、とにかく私は行かなくて済む」

「お客さんによっては複数の女の子がNGにしてたり、店自体がNGにして、着信拒否したりするわけ」

なるほど理解。

「ああ、ここにもあるね」

最後のページにもその単語はあった。

『ヘタクソ、痛い NG』

痛いっていう文字は、なんだかすごく俺も心が痛かった。でもそれと同時に、ちょっと別な疑問を俺に投げかけてくる。

「あの…もしかして、ヘタクソじゃないお客さん…ってのもメモってたりする?」

遠まわしな表現をしたつもりだったけど、すぐにピンとくるものがあったらしい。マドカは俺のほうは一切見ることなく、ノートに目を落としたまま静かにこう言った。

「それは、2冊目のノートを見る覚悟があるなら、そのときにちゃんと正直に教える」

俺達はフリダシに戻ってきた。 もちろん「見る」と答えたし、ノートを全部見ないまま燃やして処分してしまうなどという選択肢は、俺には最初からなかった。

「じゃ、2人で一緒に見ようね」

別に喧嘩したつもりはなかったけど、マドカのその言葉に仲直りしたかのような安堵を覚えた。

その安堵は決して長続きしなかったけども。

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