あの日以来、私たち夫婦の生活は激変したと言っていいでしょう。なんというか、お互いに対して思いやりのようなものが深まったというか、新婚さんや付き合いたてのカップルのように仲が良くなりました。ラインでの会話も頻繁になり、夫婦手をつないで外出することも増えましたし、妻のおおざっぱな弁当も愛妻弁当らしい彩り豊かなものになりました(笑)
でも、一番の大きな変化は夫婦の性生活です。以前は週に一度あるかないかのセックスが、今ではほぼ毎日。変なスイッチが入ってしまった時には朝起きてすぐとか、深夜に目が覚めて妻を襲ってしまうなんてことも(笑)。それとは別に妻の膣圧ですが、毎日のセックスのせいなのか、元に戻りません。まあ、それによって私は妻に挿入するたび、大杉さんに抱かれていた妻の姿を思い出して興奮してしまうわけですが。
それから半年ほどたって、何度かの生理のあと、妻は妊娠しました。ようやく私たち夫婦にもコウノトリが飛んできたのでした。自然と妻の体をいたわるようになり、セックスも控えめにはなりましたが、新婚夫婦のように、あいかわらずイチャイチャとしていました―。
そんなある日、大杉さんから、ぜひ会って話したいことがある、というメールが来ました。それまでも、何度かあの日の後に、また遊びませんかというメールが来ていましたが、無視しているうちに連絡が来なくなっていました。しかし、今度は「由美ちゃんのことで」とありますので、驚いて「どんな内容ですか?」と返信するのですが、会ってでないと話せないというのです。
日が暮れて、会社の人間たちと別れると、私は大杉さんと以前に行ったホルモン屋に向かいました。ここを訪れたときに紅色の花を咲かせていた梅の木は様変わりしていて、茂った葉もすっかり紅葉していました。暖簾をくぐると、相変わらず賑わっている店内。その中に見知った顔を見つけると、私はその男に相対する席につきました。もう二度と会うことはないだろうと思っていたその男、大杉さんは私を笑顔で迎えると、私に好みも聞かずに店のおばちゃんに酒を注文します。
『はい、梅割りねー』
愛想のいいおばちゃんが持ってきてくれた琥珀色の酒は甘くて飲みやすい、大杉さんのおすすめ。杯を寄せ乾杯をする私たち。
『どうも、この前はゴチソウサマでした(笑)』
大杉さんには悪気はないのでしょうが、その言葉に少しだけカチンとくる私。しばらくは世間話をしながら、酒をチビリチビリと飲んでいましたが、大杉さんのほうから“デリヘル嬢由香”のことを話し始めると、思わず私は身構えました。
『Sさんって、もしかして由美ちゃんと付き合ってたりしています?』
不意な質問に少し動揺してしまう私。
『いや、そんなことないですよ』
まさか、実は夫婦です、と言えるわけもなく、そう答える私。
『あーそっか!なら良かった(笑)』
大杉さんは喉のつかえが取れたような表情で笑っています。
『どうして、そう思ったんですか?』
ニヤリと笑う大杉さん。大杉さんの表情を見ると、私は嫌な予感がしました。
『いや実はね、あれから何度も由美ちゃんと会ってるんですよ(笑)』
『え、ええー?!』
大杉さんが何を言っているのか、はじめ理解できませんでした。
―大杉さんは私をからかうつもりで嘘をついている
―それが一番最初に頭に浮かんだことです。
だいたい大杉さんが妻の連絡先を知っているはずありません。それに、妻と私は仕事以外の時間はほとんど一緒に居たのです。妻が私の知らないところで大杉さんと会っているなんて信じられる道理がありません。
『いやいや(笑)、冗談ですよね?』
『ほんとですって(笑)』
『だって、どうやって連絡とるんですか?』
『そりゃあ、メールですよ(笑)』
『いつの間にメルアド交換したんですか?』
聞けばあの日、私が風呂に入っている時にアドレス交換をしていたのです。聞いていくうちに、どんどん信憑性を増していく大杉さんの話。
『いつ会ったんですか?』
『えーと、あーそうだ。最初に会ったのは、2週間後くらいかな。俺、金無いからラブホ行かずにアパートに呼んだんですよ(笑)』
妻があのボロいアパートで大杉さんと会っていた?
ラブホテル、ということは、やはりセックスが目的で?
しかも、大杉さんが言った日付は、たぶん妻が土曜保育の振り替え休日を取っていた日でした。その日のことは、よく覚えていませんが、仕事から帰った私を何事も無かったかのように妻は出迎え、一緒に夕飯を食べ、夜にはセックスをしたはずです。
『由美ちゃんがね、Sさんには絶対内緒にして、て言うもんだから。てっきり俺は二人が良い仲なんじゃないかと思ったわけです(笑)』
『いや、ただの、お客ですよ』
苦し紛れにそう答えましたが、心臓の鼓動が聞こえるほどのショックです。
『で、何回会ったんですか、今までに』
冷静さを懸命に装いながら、私は聞きました。
『何回だろう?ここ半年、週に2回は会っていましたから。彼女、火曜と金曜が都合がいいとかで(笑)。でも、先月、別の土地に夫と転勤になったんで、もう会えないというメールがきて、それが最後なんですよ。』
週に2回も、仕事があるはずの妻が、どうやって時間をつくったのだろう。先月といえば、妻の妊娠検査が陽性に出たころ。
『あ、そうだ。これがうちのアパートで隠し撮りした写真。彼女嫌がって写真とらせないんで、後ろを向いたときと、寝ているときの写真しかないですが。』
スマホで見せられた写真は、間違いなく由美の全裸姿でした。暗くて画像は良くありませんが、うつぶせに寝た由美の股間からは、明らかに精液が垂れ出ていました。
『大杉さん、中だしとか、していました?』
めまいがして、吐きそうになりながら、かろうじて言えた質問に
『彼女、避妊薬のんでたのかなあ? 毎回中だしOKだったですよ、あれ?Sさんはしてないんですか、中だし?』
『いやー、もちろん私も何度かしていますよー』
無理に笑って、顔が引きつるのが自分でもわかりました。大林さんとホルモン屋を出た後、どうやって家に帰ったか、よく覚えていませんが、帰ると妻は買い物に出かけたのか、留守でした。私はすぐに、妻の給料明細が置いてある引出し、化粧台の小さな引き出しを開けて、最近の妻の給料明細をしらべました。
やっぱり、思った通りでした。半年前から、保育園の正職員からパート勤務に、勤務形態をかえていたのです。そんなにまでして、大杉さんとの逢瀬を繰り返していたのか。そして、お腹の子供は、大杉さんの子種かもしれない。たとえそうでも私の子として育てる決心をして、妻は大杉さんとの連絡を絶ったのでしょう。
この話はこれで終わりです。
どうして私の人生に、まるでシナリオライタ―がいるかのような事態がおこるのか、私には全くわかりません。妻には何も気づいていないふりを続けています。あいかわらず、私たち夫婦は仲の良い夫婦のままですが、これからのことは、どのような物語になるのか、さっぱりわからないでいます。

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