抱き起こされた雪菜は蕩けた表情を見せている。
僕の知らない雪菜が映っている。
雪菜は小さな体を、頭を先輩に預け、
重ねられた左手は指を絡ませ、しっかりと手を繋いでいる。
明るい部屋で肌を、乳房をさらし、触られていても
拒絶する様子はまったくない。むしろ嬉しそうだ。
雪菜は小さく頷くと振り返り、先輩とまたキスする。
軽く唇が触れるだけの軽いキスを繰り返す。
何度も、何度も、何度も……
先輩が立ち上がり、スマホを手に戻ると雪菜の正面に腰を下ろす。
雪菜が胸を肌蹴たまま、ソファーに浅く腰掛けなおす。
ブラウスを羽織り、膝を抱えたり、首を傾げたり、ポーズを変える。
その度に頷き、笑みがこぼれる。
暫くすると雪菜が、奥の扉へと消えて行く。
その先は映らなかった。
別の動画になったとき、2人とも身なりを整えていた。
テーブルの上の何かを見ながら談笑している。
先ほどまでの情事など無かったかのようだ。
シークバーを動かしても、特に変わった動きはないようだった。
入念にお風呂掃除をした後、寝室に向かう。
ベッドの雪菜は規則正しい寝息を立てている。
おでこや頬に軽く触れる。
愛おしい。とても可愛い僕の妻だ。
明日の朝になれば、きっと何もなかったことにできる。
翌朝、いつも通りに朝食をとる。
いつも通りにいってらっしゃいのキスとハグをする。
いつも通りに出社した。
お昼休みにスマホを確認する。
新着通知 4件
心臓が早鐘を打つ。
通知内容を確認する。すべて先輩のアプリだ。
周りの音が遠のく。汗がじっとりとにじみ出る。
早くサムネを確認しなければ…
事務所を出て、公園のベンチに腰を下ろす。
1度、ゆっくり息を吐き、アプリを起動する。
1枚目 コーヒーカップを手に談笑している。
2枚目 コートを羽織った、2人の後ろ姿だ。出かけるのだろうか。
3枚目 買い物袋を抱えている雪菜は楽しそうに先輩を見上げている。
4枚目 2人がキッチンで料理をしている。
良かった。2人でランチをしようということなのだろう。
新しい通知。
ダイニングテーブルには美味しそうな料理が並んでいる。
笑顔で映る2人は恋人もしくは新婚夫婦のように見えてしまう。
悪い方には考えるな。
大丈夫、2人からは今日会うことを聞いていない。
先輩は雪菜とLineの交換すらしなかった。
『あっくんの許可がなかったらダメだって。
内緒になるようなことはいけないって。』
雪菜の声がリフレインした。
気が付けば、雪菜にコールしていた。
1、2、3、4、5
「もしもし、あっくん。どうしたの?」
いつのも雪菜だ。
「雪菜は今、どこにいるの?家?」
「うん、今は近藤さんの部屋だよ。」
良かった、雪菜に嘘はつかれていない。
「あぁ、新居だね。」
”近藤さんの部屋”と言われ、”新居”と言い直してしまうなんて、
自分の脳を疑いたくなる。再び鼓動が早くなる。
「今日、残業になりそうなんだ。だから、夕飯はいらないよ。」
「あっくん、遅くなるのかな?」
雪菜はまだ僕の妻でいてくれている。
「分からない、状況次第だね。」
「分かった。気を付けて。頑張りすぎないようにね。」
「雪菜は新居でゆっくりすごしたら?」
僕は雪菜にどうして欲しいのだろう?
「もう!……そんなことばっかり言ってると、
本当に近藤さんのお嫁さんになっちゃうよ。」
僕が何かを発する前に通話を切られていた。
17:30定時だ。でも、僕は残業があると雪菜に言ってしまった。
まっすぐは帰れない。怖くてスマホチェックもできない。
昨日のベンチに腰掛け、暗くなった空を見上げる。
どうしよう?どうしたらいい?
何も思い浮かばないまま寒空の下、ただ座っている。
スマホのコール音にビクっとする。
画面を確認すると先輩からだった。
「よう、本当に残業か?」
先輩には見透かされていた。
「あ、いや…違います。」
僕は正直に認めた。
「雪菜ちゃんは3時前に帰した。
今日はキスして、小さなおっぱいを少し楽しませてもらったくらいだ。」
何もなかったと、ほっとした。
「お前、雪菜ちゃんに謝って、帰れ。
新居だ、新婚生活だって、それはお前の方だろ。
次はないと思え。本当にヤルからな。
昨日のおまけを送っとく、ローカルに保存しろ。」
ソファーで乳房を曝け出し、うっとりと頬を染める雪菜が写っていた。
「ただいま、ごめんね。残業なくなっちゃった。」
「おかえりさい。怒ってるんだから、今日は何もしてあげない。」
雪菜は頬を膨らませている。ハグもせず、クルっと背中を向ける。
「一応、夕飯は作ってあるから、温めて食べてね。」
雪菜はそのまま自室に入ってしまった。
それでもテーブルには僕の好物が並んでいた。
温めなおして1人で夕飯を食べる。
結婚した後、はじめて1人で食卓に座っている。
雪菜の笑顔がない食卓は味気ない。
もう1回、ちゃんと謝ろう。
食器を片付けた後、雪菜の部屋の前に立つ。
部屋の中の雪菜に向けてもう1回謝った。
”今度されたら、近藤さんとエッチしちゃうから。”
雪菜の声がそうはっきり聞こえたその瞬間、
股間から背中に向けてじんわりと熱が伝わった気がした。
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